「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」
五十嵐理奈(福岡アジア美術館)

Gate 07 “SUNSHOWER”

2017.11.05 @CAP Studio

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はじめに

はじめまして。福岡アジア美術館(以下、アジ美)で学芸員をしています、五十嵐理奈と申します。どうぞよろしくお願いします。おととい、11月3日に始まった「サンシャワー:東南アジアの現代美術展1980年代から現在まで」(以下、サンシャワー展)という展覧会を担当しています。11月2日の開会式と内覧会、その後のオープニング・イベントには、アジアから出品作家たちが来てくれており、昨日皆が帰国したところです。今日は、ひさびさに美術館を出て、佐賀の広い空を見てすごくほっとしているところです。

今日は、東京と福岡で巡回開催されたサンシャワー展と、アジアと福岡の美術交流についてお話ししたいと思います。福岡アジア美術館は1999年に開館した美術館で、アジアの近代と現代の美術を継続的に収集、展示している美術館です。アジアだけに焦点をあてた美術館なので、欧米の美術を紹介することはすごく少ないです。こうした背景を持つ美術館で、現在サンシャワー展が開催されています。一方、東京では、国立新美術館と森美術館を会場にして、国の組織である国際交流基金アジアセンターというところ、すなわち国が経費の多くを負担して開催されました。東京展(7/5-10/23)終了後、福岡に巡回してきて12月25日まで開催します。

サンシャワー展が、東京から福岡に巡回

アジアの近代と現代美術を福岡で紹介し続けて来たアジ美にとって、最前線のアジアの現代美術を一挙に紹介する重要な展覧会は、「福岡アジア美術トリエンナーレ」(以下、トリエンナーレ)で、ほぼ3年に一度開催して来ました。この展覧会は、基本的にはアジ美の学芸員自身によるアジアの21カ国・地域の現地調査に基づいて企画されるもので、まず調査ではアジア各地の作家のスタジオやアートスペースを訪ねて、いま活躍している新しい作家、面白い作家に出会い、それを元に展覧会の出品作品を選んだり、福岡での滞在制作やパフォーマンスをしてもらう招聘作家を選んだりします。さらに、この展覧会を通して、展覧会の出品作品をアジ美の収蔵作品として購入して、アジ美のコレクションを形成してきて、現在は2900点くらいの所蔵作品があります。つまり、トリエンナーレは現地調査に基づいて、展覧会の企画をし、作家を招聘するレジデンス事業もし、さらにそこから収蔵もするという、ひとつのサイクル、循環を生み出す展覧会なのです。トリエンナーレを準備、開催することによって、私たち学芸員自身も勉強になるし、新しい作家を紹介することもでき、またその次の調査につなげていくことができる重要な展覧会だと考えています。

東京のサンシャワー展には、このトリエンナーレをとおしてアジ美が収集してきた所蔵作品を貸し出しました。東京展は、国立新美術館、森美術館、国際交流金アジアセンター、そして東南アジアの若手キュレーターたちが共同で2年くらいかけて東南アジアの美術を調査したことに基づき、企画、作品選考がなされていますが、キュレーターたちは東南アジアだけではなく、福岡のアジ美にも調査に来られ、その結果、アジ美の収蔵作品24点が東京展で展示されることになりました。アジ美は東京展の調査、企画、作品選考には関わっていませんが、展覧会にアジ美の作品が多く含まれていることもあり、福岡に巡回することになりました。

東京展と福岡展のちがい
1)展覧会の枠組みと規模

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さて、お手元には、サンシャワー展の東京のチラシ[左]と福岡のチラシ[右]があります。メイン・ヴィジュアルは同じシンガポールの作家リー・ウェンの作品を用い、同じ展覧会タイトルで巡回しています。サンシャワー展は、東南アジアの10ヵ国が経済、社会、政治などを協力するための体制ASEAN (東南アジア諸国連合)が設立されて50周年を記念して、開催されています。福岡展では、とくに福岡が80年代から積み重ねて来た東南アジアを含めたアジアとの美術交流の蓄積を活かし、たとえば1人の作家の90年代に福岡で発表した作品と最近の作品の両方を展示することで、ひとりひとりの作家に焦点を当て、またその制作活動の歴史を示すような展覧会として再構成しました。

東京展は2つの美術館合わせて3500㎡の会場の広さがあり、約90作家200点弱の作品が展示されました。福岡展では、アジ美の1000㎡の会場に、29作家89点の作品と資料を展示しています。つまり、東京展に比べると、福岡展は1/3くらいの規模になっていますが、しかし東京展をただ縮小した展覧会ということではなく、福岡(アジ美)でなければ展示できない構成、福岡でこそ展示する意義があるという展覧会を目指して、いくつかの基準を設けて東京展の出品作品200点から福岡に展示する作品を選考しました。

2)作家・作品選考の基準

まず、選考の基準になった一つは、これまで福岡で展示したことのない、新しい作家を紹介することでした。東京展の展示作家のなかには、今までのアジ美のアジア調査では出会ったことのない作家がおり、東京展のキュレーター・チームの目による新しい作家を選びました。もう一つは福岡でしかできない作品構成をすることでした。80年代以降にアジアの作家が福岡に来て展示した作品(その後、アジ美の収蔵品となっている)と今回新しく2017年前後に発表された、同じ作家の近作をあわせて展示したのです。また、作品だけではなく、東京展に参加している作家のなかには、一度福岡に来てパフォーマンスをしたり、作品が紹介されたりした作家が少なくありません。このパフォーマンスの記録映像を編集して作品と一緒に展示し、現代美術の生きている作家の姿が感じられるように工夫をしました。

展覧会の章立てと作品——福岡にゆかりのある作家を中心に

では、実際の作品を見ていきましょう。展覧会は全部で9つのテーマに分かれています。章ごとに作品のスライドをみてきますが、とくに福岡とかかわりのある作家を中心にお話します。

1)時代をつなぐ①:FXハルソノ(インドネシア)

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展示風景:FX ハルソノ[左]≪遺骨の墓地のモニュメント≫2011年、作家蔵、[右]≪声なき声≫1993-1994年、福岡アジア美術館所蔵

これはFXハルソノというインドネシアの作家の作品で、インドネシアで1940年代に起きた中華系の人たちの虐殺事件をテーマにし、亡くなった方の祭壇を200以上も積み重ねて墓地のようにした2011年の作品です。その後ろには、手話でアルファベットの文字を示している手がキャンバスに描かれている作品があり、90年代にアジ美が所蔵した作品です。手の文字は、デモクラシーの語を表す手の文字で、その文字のハンコを1つずつ押すことによって、民主主義DEMOKRASIの語を完成させるという参加型のインスタレーションです。このように最近の作品と90年代のアジ美所蔵作品を合わせて展示をすることで、その作家が途切れることなく今も制作活動を行なっていることが分かりますし、またテーマがどのように変わってきているのかも分かります。

2)時代を繋ぐ②リー・ウェン(シンガポール)

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展示風景:リー・ウェン[左]《イエローマンの旅 No.5:自由への指標》1994年、[右]福岡アジア美術館所蔵、《奇妙な果実》2003/2017年、作家蔵

福岡ならではの展示として、チラシのメイン・ヴィジュアルとしても使われている、リー・ウェンを紹介します。

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「第4回アジア美術展」での、リー・ウェンのパフォーマンス。福岡の商店街新天町、1994年。

シンガポールのパフォーマンス作家として先駆的な活動をしてきた作家で、彼は体を黄色く塗って街中を歩き回る《イエローマンの旅》というパフォーマンス作品を90年代から行なっています。福岡では、1994年に福岡市美術館で開催された「第4回アジア美術展」の出品作家として滞在していた時に、天神の新天町という商店街などでパフォーマンスをしました。この時のインスタレーション作品は、先ほどの「第4回アジア美術展」に出品された後、現在は福岡アジア美術館の所蔵作品となっています。体を黄色く塗って、社会から浮いたような異物のようになっているのは、作家自身が中国にルーツを持つのに、シンガポールという新しい別の国家に所属しているという違和感——それは、必ずしもシンガポールの場合だけではなく、私たちの日本での生活の中でも、別の形で自分を異物のように感じることはあると思いますので、普遍的な問いでもありますが——この異物としての自分を問うということを、その後も続けて、こちらの赤い提灯をかぶった2003年へと展開していきます。同じイエローマンが世界を旅するという、自分の場所を探していくようなパフォーマンスを10年以上も続けていることがわかります。このように福岡とつながりのある東南アジアの作家がサンシャワー展には多く参加しているので、より福岡との繋がりを、福岡のお客さんに知ってもらえるように、パフォーマンスの記録映像を展示したり、福岡で紹介された東南アジア美術の展覧会年表や図録を紹介するなど工夫をしています。

3)場所で繋がる:レジデンス事業の展開としてのスーザン・ヴィクター(シンガポール)

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承天寺展示風景:スーザン・ヴィクター《千の空》2017年

アジ美では作品を展示するだけでなく、作家を招聘して福岡の地で滞在制作をするというレジデンス事業を、開館当初から行なってきました。いまは年に2人の作家と1人の研究者を招聘し、作家が2-3か月間滞在して作品制作をしたりワークショップをしたりしています。このようにアジ美では、展覧会で作品を見せるだけではなく、実際に人が来て、人がいることによって新しい何かを起こしていくという事業をしてきているので、その経験を活かして、サンシャワー展でもレジデンス事業を展開させました。それが関連企画「博多でつなぐ東南アジア」で、東京のサンシャワー展に出ているスーザン・ヴィクターというシンガポールの女性のアーティストに博多に来てもらいました。東京展では、プラスチックのレンズをねじってつなぎ合わせて巨大なインスタレーションを作っています。福岡展では、東京展とおなじプラスチックのレンズという素材を使って、博多部にある承天寺というお寺を会場に、そのお寺の場所、歴史的背景、空間などをいかした作品を制作してもらいました。事前に下見にも来てもらって、実際に制作のために、10月下旬くらいから2週間ほど、今も福岡に滞在しています。作品は、承天寺のお寺の屋根のカーブした形に呼応するような形になっており、とくに11月5日の今日の夜までは、夜にライトアップされた美しい作品を見ることができます。このように、今までアジ美が行ってきた活動・事業、また福岡が今まで保ってきたアジアとの美術交流の蓄積を活かして、サンシャワー展という展覧会を開催しているのです。

福岡の特殊性——アジア美術を先駆的に紹介して来た地、そして近年の展開

福岡は日本全体の中でも80年代からアジア美術を紹介してきたすごく特殊な土地柄だと思います。福岡の人は、街中でのパフォーマンスや美術館の展覧会などをとおして、アジアの美術に接する機会が多かったはずです。80年代は、ただ作品を持ってきて展示するという展覧会をとおしてだけの紹介だったのですが、90年代になると作品だけでなく作家も招聘して、先ほどのスーザン・ヴィクターの場合のように、何週間か福岡に滞在して作品制作をするという人の交流がおこなわれてきました。作品制作の過程では、地元の作家たち、例えば藤浩志さんとか牛嶋均さんとかが制作を手伝ったり、一緒にパフォーマンスをしたり、飲みに行ったりなどすることをとおして、福岡の作家とアジアの作家が親しくなり、その個と個との出会いから、現在まで交流が続き、そこから何か別のものが生み出されていくということもありました。美術館が展覧会を開催することによって、アジアの作家と地元の作家が結びつき、人的なネットワークができていくという現象が、特に90年代の福岡であって、同時に民間や地元企業との協力による盛り上げもあって、熱く広がりました。今日来られている宮本初音さんは、こうした福岡のアートシーンを支えて来られ、同時代で目撃されてきたわけです。

しかし、90年代の盛り上がりの後、そうしたネットワークが、ずっと太く脈々と今の次の世代につながっているかといえば、必ずしもそうではありません。福岡でもバブル経済の余波も消え、社会状況も変化し、作家たち自身もそれぞれの人生のステージがあり、また人との繋がり方、ネットワークの作り方も変わってきて、90年代のネットワークを活かしきれてこなかったように思います。ところが、最近、この5年くらいでしょうか、再び新しい形で福岡とアジアの美術作家の交流、アジアを視野に入れた福岡のアートシーンの形成が進んできているようで、わくわくしています。例えば、今日私を呼んでくださったこのAsian Arts Air FUKUOKAをはじめ、アジアに行った人からアジアのことを聞くという自主的な勉強会を若手作家が中心になって開いたりとか、宮本初音さんが中心となって行なっている福岡と釜山の美術作家の交流を支えているWATAGATAという活動があったり、福岡の美術関係者の人たちが集まって、Fukuoka Art Tipsというグループができて、福岡の作家を紹介するバイリンガルの本が出版されたりする民間での動きや、新しくできた九州芸文館が韓国の作家とのレジデンス交換を含む「筑後アート往来」を始めるなど、アジアと福岡に関わるような動きというのがここ最近いろいろと出てきています。こうした昨今の動きが、サンシャワー展の福岡では、連携企画として、「虹の天気図」展、「1992年のザ・スペース展からのペース展2017」、そして、このAsian Arts Air Fukuokaに私を呼んでくださったことなどの形になり、サンシャワー展のアジ美での開催に対する、地元からの応答があったわけです。これは、美術館で展覧会を担当する者にとっては、これ以上ない励ましです。

サンシャワー展を今、福岡で開催する意義

このように、福岡には、80年代から現在までのアジア美術を紹介してきた蓄積に加え、昨今の現在なにかやろうと動いているような状況というのがあるからこそ、東南アジアの現代美術を紹介するサンシャワー展を福岡で開催する意義があると考えています。なぜなら、この展覧会を一つの起爆剤として、もう一度80年代90年代に福岡でどんなアジア作家が、どのように紹介されてきて、どれがどんな影響や意味があったのかを振り返り、その上で、今度は次の世代である、私とかみなさんとかがどうこの先へつなげていくのか、を考えるきっかけになりうると思うからです。ある地域のある美術館や展覧会が、その地域のアートシーンに対して、触媒みたいに機能したらいいな、と思います。展覧会は12月25日まで開催しているので、ぜひ昔のつながりと、今からどんなことができるのか、今日聞きにこられた方には若い作家の皆さんも多いと思うので、この展覧会をきっかけに考えて、次につながっていくステップになったらなと思います。

テープ起こし 原田真紀

 
 

スピーカープロフィール

五十嵐理奈(福岡アジア美術館 学芸員)
一橋大学大学院で文化人類学を学び、1999-2000年に刺繍布カンタの文化人類学的調査のため、バングラデシュの村に滞在。2001年に「ベンガルの刺繍カンタ」展(福岡アジア美術館)に携わった後、2003年より現職。これまでに調査し企画した展覧会は、バングラデシュの現代作家「二ルーファル・チャマン」(2007)、「魅せられて、インド。-日本のアーティスト/コレクターの眼」(2012)、「もっと自由に! ガンゴー・ヴィレッジと1980年代・ミャンマーの実験美術」(2012)など。現在、ミャンマーの美術作家のライフヒストリー調査に取り組んでいる。
http://faam.city.fukuoka.lg.jp/