Gate 02 Seoul
2016.07.09 @唐人町寺子屋 とらきつね
韓国の街を歩いていると、「こんなところに!?」と驚くような場所でアートスペースを発見することがある。国の助成を受けるスペースから個人運営のスペースまでと規模は異なるが、それぞれが地域や若手アーティストと積極的に交流しようとしているのが印象的だ。国の情勢に負けることなく常にアートを発信し続けられるのは、韓国人のパワーの根底に「ウリ(=私たち)」への想いがあるからこそ。皆さんも韓国でアートスペースを目にしたら、是非一度足を踏み入れてほしい。
小栗栖まり子(キュレーター/美術家)
はじめに
私は昨年の4月まで韓国のソウルに留学していたんです。これは私の作品です。今はキュレーターをしていますけれど、もともと作り手で今も作ってはいるんですけど、この作品は簡単に説明させていただくと、溶かしたロウに韓国の紙を浸して、手製のパラフィン紙のようなものを作りまして、道端にある鉄板でしたり、溝の形などの凹凸をそのパラフィン紙に写して、そういった痕跡を空中浮遊させる、インスタレーションさせてこういうふうに展示させる作品を作っています。もともと紙をよく使っていたので、素材の肌触りに昔から関心がありました。作品がですね、肌をテーマにしていまして、韓国に留学を決めた時にですね、韓国には日本と同じように和紙があるんですけれども、素材がもっとダイナミックでもっとザラザラしていたりして、そういった素材を作る国に関心があったのと、もう一つは身内に韓国人がいましたので韓国という国がすごく身近だったことがあります。すごく何かにインスピレーションを受けたというよりは、ただ韓国を知りたいというか、素材の魅力にひかれて韓国で5年間過ごしました。
韓国のアートシーンの全体像
今回皆さんに紹介するところは、韓国のアートシーンの全体像を簡単に紹介することができればと思っていまして、韓国には芸術村とよばれるところが何か所もありまして、そのうちの一つと、あと一つですね、韓国のアートスペースを何か所か紹介させていただいて、あとですね、アーティストの方もいらっしゃいますので、レジデンスを二か所ほど紹介させていただきます。 これがソウルの地図です。皆さんもソウルは行かれていますか。私はですね、韓国から日本に戻ってくるときに、やっぱり日本から韓国にせっかく勉強しにいったのだから、戻るなら福岡かと思いまして、ただ福岡といえば釜山というイメージが強かったので、ソウルで勉強した私が福岡に来てもアウェイなんじゃないかなと心配していたんです。釜山で勉強していないからプレッシャーだったりしたんですけど、今回は是非皆さんにソウルに行ったときの観光スポットの紹介のようなものになればと思います。 ソウルは大きな川があります。漢江(ハンガン)という大きな川ですけれど、ソウルの北と南を分断しています。川の右下が、江南(カンナム)といいまして、いわゆる高級住宅街でお金持ちの住む町ですね。私は学生のころ貧乏生活でして、あまり江南に行く機会は多くなかったので、今回江南は紹介しません。 私が紹介するのは上側、私が住んでいた大学周りであったり、皆さん景福宮とかはよく聞かれると思いますが、この周辺にアートギャラリーがあったり、有名なアートスペースがあったりします。ここの紹介と、あと川の左側にあるレジデンスだったり、また、鉄工場が多いので芸術村などが栄えています。
ソウルの芸術村
韓国の中にはすごく多くの芸術村があります。こういった芸術村ができる流れにはですね、地価が安いところにお金のないアーティストが集まることによってこういった芸術村ができるんですね。今回紹介するムルレドン芸術村というところもですね、今すごく有名な観光地になっていますが、2年程前から注目されています。ここができた要因にはですね、皆さん、韓国で一番アーティストが集まる地域というのはホンデというところがありますが知っていますか?もともと地価が高くなく家賃も安くて貧しいアーティストがそこに住んでいたんですね、一番勢力のある芸術大学もありまして、そこに集中していました。大学も有名になったのもあり、観光スポットとなったこともあって、かなり地価が上がり、家賃も高くなりまして、芸術家たちが住めなくなっていきました。そこでこのムルレドンというところに芸術家たちが移ってきます。これはですね、川の下側のところ、鉄工場の集合している土地で家賃が安い。ただですね、80年代から大気汚染がひどい場所でした。そこに芸術家たちが住み、壁画を描いたりしていったりしたのがきっかけで、今は観光スポットのような感じになっています。何年か前から小規模なレジデンスとかもできて、地域の方にワークショップや教育プログラムなどを催しています。 こういった普通の町の中にある昔使われていた工場が展覧会会場の一角になっていたりして、機械なんかをのけて、作品を展示して展覧会場とするような場は本当に多いです。あと韓国の芸術村に多いのは、必ず芸術村にはゲストハウスとコーヒーショップが点在していて、アーティストの収入だったり資金源だったりしています。
ソウルのオルタナティブスペース
次がですね、アートスペースについて。最近私も福岡のart space tetraというアートスペースに出入りさせていただいておりまして、関心が湧いたというのが一番大きな理由なんですけれども、韓国のアートスペース、オルタナティブスペースは1997年のIMF危機の後に発生しています。なぜかというと、IMF危機の時に経済時に苦しくなり、美術館などで展示をすることもできないし(美術館の運営状況が悪化したため)、若いアーティストを支援していかなければならないと、地域の方や市民レベルで動きがありまして、アーティストとかが団結してオルタナティブスペースを開き始めました。
ここは景福宮より北側にあるプルというアートスペースです。ここは1999年設立して運営されておりまして、当初は規模の小さなものでしたが、今は財団や芸術委員会などから後援金をもらうことによって運営されています。他にも賛助金を個人からもらうなどして成り立っています。韓国ではオルタナティブアーティストと呼ばれる人がいるくらい、オルタナティブスペースから世界に注目された作家もいらっしゃいます。今回は時間がないので後日紹介ができればいいなと思います。
ここはサルビア茶房というアートスペースになります。1999年に設立され、この写真は引っ越した後のもので、もともとは仁寺洞(インサドン)にありました。この下の写真の古い階段はサルビア茶房が仁寺洞にあった時の写真で、今は新しくこちらのきれいな場所に移りました。韓国のアートスペースは、どこかでキュレーターとして所属していた方がメンバーになっていたり、評論家、アーティストなどがメンバーというのが一般的ですが、ここでもそうした5名によって運営されていて、また、ここも財団の後援金で成り立っています。非営利団体なのでなかなか運営していくだけの収入が難しいこともありまして、ここは年2回オークションを行うことによって収入を得ています。これに出品する作家は1年間の間にここのアートスペースで展覧会を行ったアーティストが、作品を提供しまして、それがオークションで落札されてその収入がアートスペースに行くという感じですね。展覧会だけじゃなくて、かなり多岐の分野にわたり、舞踏でしたり音楽でしたり、イベントが行われています。
さっきの二つは財団が後ろについて安定した経営がなされていますが、ここはまったくですね。福岡のテトラと同じように、キュレーターが2人いて個人運営のような形ですね。この方々はさきほどの景福宮の近くにあるスペース、韓国の昔の民家をリモデリングして、そこに作っています。2人でですね、結構家賃が高いはずなのにどうしてやっていけてるかというと、韓国には「傳貰(チョンセ)」というシステムがありまして、家を借りるときにその家の価値の5割程度のお金を先にまとめて支払います。例えば5千万であったり、一千万であったり。大家に一括で支払うと2年間それ以外のお金を払わずに住むことができて、2年後に契約を更新せずに出ていくときは、丸ごとお金を返してもらえるとうシステムなんです。だから家賃は実質0というわけです。もともと出せるお金があれば、家賃0なんですね。一人は美術館でキュレーターをしていて、もう一人は出版社で働いてい方なんですが、貯めたお金を最初に大家に払ってしまえば、光熱費くらいしかかからない。少額の支出で抑えることができる。一人が出版社勤務だったので本をここでは出版している。その収入をアートスペースの運営にまわしている。他にもここのアートスペースの報告書とか作品集のDVDなどを売って収入にしています。これはアートスペースの横にある市場ですね。
次にここは保安(ホワン)旅館といいまして、アートスペースの中では、その空間の特異性から、結構皆さんに知られているアートスペースなんですけれども。このホワン旅館は、アジ美でも取り上げられていたイ・ジュンソプという韓国の有名な作家がいまして、そういった作家だけでなく有名な詩人だったりとかが実際に泊まられていた旅館です。韓国の旅館は日本でいうような旅館ではなく、小さい、独房というとちょっと聞こえが悪いですが、すごい狭い部屋を貸し与えているような、ここの右にも白いところがあると思いますが、この小さいところが一部屋として貸し出されているんですね。宿泊費が安いのでアーティストや詩人が売れないときにここを利用していたそうです。
これが中の空間ですね。ここは株式会社メタログアートというところが運営していてですね、職員さんもおりまして、月130万ウォンくらい、日本円で13万くらいをあげて、ちゃんと職員さんがいらっしゃいます。結構企画展などを行っていますね。旅館自体は1942年からあって、2006年くらいからアートスペースになりました。
ここまでは皆さんに新しい観光スポットの紹介になればと紹介してきましたが、ここは皆さんには絶対行ってほしくないアートスペースなんですけれども。なぜかというと、私が通っていた大学のすぐ近くにあるのですが、大学から車で5分も行けばペ・ヨンジュンが住んでいるようなすごく高級住宅街があるんですが、逆のほうに5分行くと赤線地帯があるわけです。もともとそこはいろんな赤線地帯が封鎖される中で入ってきた人たちがいるんですけれども、一番大きかったのが88年のソウルオリンピックの時にそこにあった赤線地帯がここに移設されます。そのことによってミアリ村という韓国でも2番目に大きい赤線地帯ができました。ここはニュータウン事業を行っているので、そういった売春法が変わって立ち退かざるを得なくなって、今は昔ほどの賑わいがなくってこの中でも何か所かだけが営業しているような状態です。赤線地帯といっても、このような立派なビルとかが建てられていて。日本でもなんかラブホテルに入るときは、なんかこういうのが下がっているということを、牧園さんがおっしゃったんですけれども、(会場爆笑)なんか日本と一緒なのかなあと思ったんですけれど。この上の看板に「未成年立ち入り禁止」とすごい大きな字でバンと書かれています。こういう写真を撮っていると、韓国人だと危なかったかもしれませんが、都合のいいように外国人ということで何も知らない振りをして写真を撮らせてもらいました。これでもすぐこっちはビルが立ち並び、都会な感じがするんです。左には地下鉄の入り口があって、その間にこれ(ミアリ村)があるんです。この裏側にはシャーマンとか占い師とかが住んでいて、すごくちゃんぽんな地区なんです。この中にアートスペースが唯一一個ありまして、どんなところだろうと関心を持っていきました。
ここは写真作家が一人で運営しているアートスペースで、最初はそういった売春だとかをテーマにした作品とかパフォーマンスとかを行って、その成果物を展示したりしていましたが、今回行ったときはある作家の個展になっていて、この地域の歴史とは関係なかったのですが、この時、次に展覧会をするアーティストたちがこの建物の成り立ちなどを勉強されていて。ここが実際に展覧会をするスペースなんですね。ミヤリ村の特徴としては、個人部屋と団体部屋があるのが特徴でして、一人だけ入る小さい部屋があったり、団体で入る、たぶん麻薬とかするための部屋があって、かなり広い空間と狭い空間があって、そこを利用しながらアーティストは作品発表を行っています。
私は韓国語ができるので、一人でたどり着けますが、普通の日本人だったら一人で行かないほうがいいような場所です。こんなところにアートスペースを作ってしまうほど、韓国の人たちってたとえ一人でも熱意があればやってしまうような人たちということですよね。
ソウルのレジデンス
今からレジデンスを2か所紹介します。現代美術館がやっているようなところはすぐにHPで出てくると思ったので、今回はクンチョン芸術工場というところと、ナンジ芸術創作スタジオを紹介します。
クンチョン芸術工場は2009年からアーティストの招聘をしています。ソウル文化財団の運営なので、ここのスタッフは公務員です。部屋が2部屋与えられるんですけれど、一つは宿泊するところ、もう一つは制作するための部屋が与えられます。もらえる支援は宿泊、アトリエ、航空券、展覧会一回と制作費一部支給で、2か月の滞在です。
あともう一か所はナンジ美術創作スタジオというところで、これはソウル市立美術館の運営になっています。ここは駅から降りて結構歩かないといけなくて、レジデンスの周りは食べるところもあまり無いようなところですが、制作には集中できるいい環境かなと思います。 ソウル市立美術館の運営ということもあって、美術館やソウル市とプログラム提携をしているのでアーティストが参加するプログラムが多く、得るものも多いのかなと思います。ここは国際交流プログラムの中にレジデンス事業が入っているので、毎年上半期下半期1回ずつ公募があります。支援の内容は宿泊、アトリエ、旅費、展覧会1回、3か月の滞在です。
質疑応答
Q:家賃の話が気になったのですが、建物の価値の5倍?あ、5割ですか、一家一千万円だったら5百万払えば、大家はその利子で生きていくということですか?
日本と銀行の状況が違いまして、株とか投資もすると思いますが、ただそのお金を入れておくだけで、利子が日本より沢山付くので大家さんは生活ができるんです。
Q:大家は利子が収入になるんですね。素晴らしいですね。
だからアートスペースも2年周期でなくなるか、続くかが決まるんですね。この前行った時も今年で契約切れるから、考えているんだよねとか、もう更新できないからやめるとか。
Q:2年終わって5百万戻るじゃないですか。同じ人に渡してさらに2年はできないんですか。
大家さんの意思によって家賃を上げる場合もありますが、そうでなければそのまま2年更新できると思います。これが韓国にアートスペースが数多く点在している要因の一つなのかなあと思います。
Q:ある程度元手がないとだめっていうことですよね。
そうですね。だから皆さんすごく頑張って貯めていらっしゃいます。
Q:ちゃんとした人じゃないと払えない。そのお金払っちゃったら生活できない人は借りれないってことですもんね。
私も毎月の家賃払っていましたが、まとまった額がない人は毎月家賃を払うという。家族からまとめてもらっておいて、親に利子なしで分割で返している人もいました。あと、銀行に借りてしまって、銀行に利息払うほうが家賃より安いからって言って借りる人もいますね。ミアリ地帯のスペースの人は無償ですね。サルビア茶房も(元々の主人から)引き受けることによって、使ってくださいということで、元手がかかっていないところも多いですね。
Q:無償のところってどういう風にして情報がでるんですか?文化的な用途で使うんだったら価値もあがるから、オーナーの人が無償で使ってくれとかですか?
1999年頃に始まっているところはIMF危機のあとですので、もともとその空間を持っていたのが、持てる余力がなくなって人に預ける、あげちゃう感じです。文化的なところであれば、非営利であるから免除されるというところもあると思いますし、韓国は日本より人間関係によって進んでいくこともありますので、内内な人伝いで無償で借りられるようになったり。さっきの赤線地帯ですと、あそこは最初10トンのごみがあったんですよ。猫の住処みたいになっていて。(人が使っている方がきれいに保てると持ち主が考えたため)その人はそこを借りる代わりに10トンのごみを掃除してスペースにしたという感じですね。細い通路には結構ごみがまだあったりしました。
Q:ナンジスタジオは今でも、韓国作家だけじゃない?
いえ、外国人も。2009年から韓国作家を外国に送るシステムを始めたんですよね。何か所か海外のレジデンスと提携していて。送る代わりに外国からの作家も受け入れるということになっています。去年も日本人やヨーロッパ系作家が来ていました。
Q:じゃあ、オープンではない?
いや、オープンです。国際プログラムの中に設けられていて、毎年公募も公式でされております。
Q:韓国レジデンスの特徴的なところといったら、美術館運営のレジデンスってのがあって、現代美術館と国立美術館とか2つか3つある。ソウルでは2か所、一番古いのは光州市立美術館でこれも光州の中に2つか3つあって、さらに光州は北京にも作っていて。美術館のレジデンスが多いというのが韓国の特徴です。韓国作家を外に送り出すというのが最近強くなってきている。それとついでですけど、美術工場、装飾工場ってあったじゃないですか。大邱に行ったことありますか。大邱も美術工場というとんでもなくでかいのがあってまるごと全部アートスタジオ。びっくりしました。
今度ぜひ行ってみます。
Q:そんな巨大なところも、さっきのシステムで借りているんですか。
大邱はわかりませんが、レジデンスは基本的に先程Q5さんが仰ったように美術館や、また、文化財団や市が運営しているところが多いです。
テープ起こし 原田真紀
スピーカープロフィール
小栗栖まり子(キュレーター/美術家)
1985年生まれ、姫路出身。大学時代より韓国に関心を持ちはじめ、2010年より韓国政府招請留学生として約5年間ソウルに留学。「絵肌(マチエール)」をテーマに作品制作や研究活動を行っている。昨年日本に帰国後、現在は福岡で活動中。気が向くとふらっと韓国の気になる美術館やギャラリー、アートスペースを覗きに行っている。