Jatiwanggi

インドネシアでの活動・アートスペース情報
ジュリアン・エイブラハム・“トガー”/Julian Abraham “Togar” (アーティスト)

Gate 04 Yogyakarta

2016.11.12 @art space tetra

gate04_toger_01

はじめに

江上:こんにちは。江上賢一郎といいます。このアートスペース・テトラのメンバーをやっています。トガーさんの話の聞き手になってもらいたいとここにいる牧園くんから話をもらいました。僕は個人的にアジアに行く機会が多くて、アジアのアートスペースやオルタナティブスペースのリサーチをライフワークのような形でやっているのですが、去年インドネシアに2ヶ月ぐらい滞在する機会があり、トガー君もよく知っていて半分地元でもあるジョグジャカルタという町に滞在していて、そういった縁があるということで話をもらいました。今日は結構長丁場で2人のアーティストの話を聞くのですが、最初は今福岡アジア美術館にレジデンスで滞在しているトガー君がこれまでどういう活動をしてきたかということと、2週間後に展示をする予定ということなのですが、今福岡でどういうことをやっているか、その後に、インドネシアと言っても僕もこれまであまり知る機会がなかったので、インドネシアの全体的な話から、その中での今の文化やアートの状況について僕から色々と質問していこうかなと思っています。

これまでの活動 ジャティワンギでのプロジェクトについて

トガー:皆さんこんにちは。トガーです。私は今年の9月から、福岡アジア美術館にレジデンスで滞在しています。今日はこれからジャティワンギというグループや自分の活動について説明したいと思います。

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Jatiwangi Art Factory

このジャティワンギというのは西ジャワの郊外の一つのエリアを指す場所の名前で、その名前をとってアートプロジェクトを展開している活動のことです。ここではアーティストがプロジェクトを行っていますが、近隣に住んでいる人たちは工場で働いている人たちが多く、去年はそういった人たちと関わりながらアートプロジェクトを行いました。

私は去年7ヶ月間このジャティワンギに関わってアートプロジェクトを行い、そこで一つの個人の展覧会を開きました。ここで働いている人たちの多くは工場労働者で、特に屋根の瓦を作っている人たちです。この屋根瓦工場は韓国の資本で、今ここのエリアにはすごくたくさんの工場ができているのですが、労働条件はあまり良くなく、地域の人たちはある意味搾取されているような状態で働いているという状況です。この瓦工場も労働環境が良くないので、若い人たちはここで働きたくないというような場所です。

2015年にThe Earth Yearというプロジェクトがあったのですが、その時に私がやったのが、そこで働いている工場労働者の人たちのボディビル選手権を開くということでした。

Jatiwangi Cup (2015)

これがそのThe Earth Yearのホームページです。私は屋根瓦をただ商品というだけではなくて、ジャティワンギの人々の一つの文化でもあると考えています。なのでその文化をどうやって保存していくかということを考え、アートの形でカルチャーとして捉え直すようなプロジェクトを行いました。これは5回やろうという計画で、既に一昨年と昨年の2回やっていて、それほど関わりはなかったのですが今年も行っています。

ジャティワンギ・アートプロジェクトのキュレーターはGrace Sambohさんという人で、彼が各地からアーティストを呼んでプロジェクトを行っています。ジャカルタのアーティストが多いですが、ジョグジャカルタのアーティストもいます。アーティストだけではなくコレクティブ、集団で活動しているグループも招待されています。これはKrack Studiosというグループなのですが、ジョグジャカルタで活動しているグループで、スタジオや展示スペースを持っていてシルクスクリーンなどを主に制作しています。これはCut and Rescueというジャカルタのコレクティブで、美大の学生が多く参加していて、主にコラージュの作品を作っています。

2015年はジャティワンギ・アートプロジェクトの中で新しい別の方法論を作っていこうという年で、特にそこでフォーカスしたのがセラミックの焼き物工場だったり、そこで働く人たちの文化に注目するようなプロジェクトを作っていくということでした。

Festival musik Keraramik 2015 Rampak 5000 Tanah Berbunyi

(今お見せしているのは)セラミックの文化と音楽をつなげるプロジェクトで、1000人ぐらいの人たちが一緒に演奏するというものでした。ここではセラミックを使った楽器で演奏しています。これは瓦ですね。小学校や中学校の学生たち、警察、軍隊など、地域の人たちが全員参加したようなプロジェクトでした。

ジャティワンギが位置するジャワ島

ジャティワンギはインドネシアにおいてある意味特別な意味を持っている場所です。インドネシアはすごく多様な文化を持っている国なのですが、大きな島だけでいうとスマトラ、ジャワ、カリマンタン、スラウェシ、ニューギニアの5つからなっていて、その中心がジャワという島です。ここは首都がある島なのでビジネスや観光、進学などで皆やってくるんですね。インドネシアの中での文化、アートの状況を考える中でもやはりこの島が中心となっています。ジャカルタ、バンドン、ジョグジャカルタの3つの都市がインドネシアの現代アートの中心地になるわけですが、それが全部このジャワ島にある。でもこのジャワ島というのはインドネシアの5つの島の中では一番小さな島なんですね。この矢印があるところがジャワ島です。

インドネシアをグーグルマップで開いてみるとお寺のイメージが出てくるのですが、これはジャカルタにあるプランバナンという仏教の遺跡です。本当はすごく多様な文化・宗教を持つ国なので、あまり正確なイメージではないのですが、こういったイメージが外の人に対しては出されています。そして中心と言われているジャワ島というのは、インドネシアの中ではそれほど大きい島ではありません。ジャカルタが一番上にあって、真ん中がバンドンという都市、右下がジョグジャカルタで、これらがインドネシアの現代アートの中心です。バリもありますが、バリはどちらかというと伝統美術になります。

多くのアーティストが集う都市ジョグジャカルタ

ジョグジャカルタは人口30万人ぐらいの小さな町なのですが、すごくたくさんのアートスペースがあります。インドネシアは共和国なのですが、ここには王制がまだ残っていて王宮があります。日本に例えるとよくインドネシアの京都みたいな場所だと言われていますが、それほど大きい町ではないのにギャラリーも含め約50ぐらいのアートスペースがあって、アートの活動が盛んな町です。同時に大学もすごく多くて、要するに学生とアーティスト、そういった文化や学問に関わる人たちがたくさん住んでいて、なおかつ物価もすごく安いということで、アーティストにとっては制作や活動の条件がいい町です。

少なくとも40以上の大きなギャラリーやアートスペースがあり、毎日色々なことが行われています。繰り返しになりますが、ジョグジャカルタという町は町の規模に対してアートセンターやギャラリーの数がとても多い。さっきインターネットでお見せしたのはジョクジャ・アートマップといってKedai Kebun Forumというグループが作っています。ジョグジャカルタのアートギャラリーや美術館にいくとどこにでも置いてあり、すごく便利なマップです。

私自身はメダンの出身で、スマトラの北の方の町なのですが、規模としてはジョクジャよりも大きな町なのにアートスペースは自分と友人が運営しているところしかありません。ジョグジャカルタはインドネシアの歴史の中でも重要な役割を果たしてきた都市で、特にオランダの植民地からの独立運動においてジョグジャカルタが果たした役割というのはすごく大きなものがあります。メダンももちろんオランダの支配下にあったのですが、そこまで大きな動きというのはありませんでした。

都市ごとに異なるインドネシアのアートシーン

ジョグジャカルタというアートの盛んな町と、自分の出身地メダンとを比べてみることでインドネシアにおけるオルタナティブの意味について考えてみたいと思います。メダンではいわゆるオルタナティブスペースという言い方はしません。なぜならメダンにはメインストリーム、主流の文化の動きや流れというのがないから、もう一つの、主流じゃない別の流れというオルタナティブもないのです。ジョグジャカルタにはさっきも言ったように40以上の大小様々なアートスペースやギャラリー、文化施設があり、メインストリームとオルタナティブが混じり合っているような状況があります。そしてジャティワンギ、ジャカルタ近郊での自分たちのプロジェクトは、もう少し郊外の地域やコミュニティに焦点を当てて、そこに近づくような形で今まで注目されていなかった人たちの文化や場所にフォーカスしています。

これがメダンのスペースの写真です。都市によって文化やアートの活動の状況、条件というのは異なり、例えばバンドンではアートスペースはあまり多くありませんが、たくさんのアーティストたちが共同でスタジオを借りて制作をしていて、アーティストはとても多いです。ジャカルタは首都で、コマーシャル、商業的なギャラリーの数は多いですが、オルタナティブなスペースはそれほど多くありません。ジャカルタにはインドネシア国立美術館があるのですが、これは2001年にできたもので、インドネシアの現代美術の状況を反映できているかというとそうではない状況があります。色んな人がお金を出したら借りられるような状況で、近年になってようやく美術館もインドネシアの現代美術についてコレクションを始めて、インドネシアの現代美術の状況を見せるようなことをしようと試みてはいます。

ジョグジャカルタのアートスペース

これらはジョグジャカルタのアートスペースで、グーグルマップでも出てくると思いますが、それぞれリンク先もついています。Indonesian Visual Art Archiveは、今の段階ではおそらく唯一のインドネシアの現代美術のアーカイブセンターで、書籍や作品集を集めています。Survive Garageはもう少し若い人たちが集まる場所で、シルクスクリーンやタトゥーなどサブカルチャー、ストリートカルチャー寄りのスペースです。Cemetiというのはインドネシアの現代美術の中で80年代にすごく重要な役割を果たしたアートスペースで、レジデンスもしています。Kedai Kebun Forumはもう少し若手の人のサポートをするギャラリーです。iCanは少し年配のアーティストがやっているアートスペースです。

質疑応答

Q:ジョクジャにはたくさんのアートスペースがあると思うのですが、トガーさんがおすすめのアーティストやスペースを一つ挙げるとしたら誰、どこになりますか?

トガー:小さい町ですごく近い距離にアートスペースが密集していて、それぞれがそれぞれの役割を持っているし、近い活動の中でのネットワーク、コミュニティもあったりするのでなかなか一つを挙げるのは難しいですね。ジョグジャの良いところとして、ネットワークが密なのでどこかのスペースで誰かが展覧会をやっていると歩いて行けてしまうし、お互い誰がどんなことをやっているのか分かっているような環境があります。その中でも例えばチェメティというのはインドネシアの現代美術の中で中心的な役割を果たした場所で、以前は海外でのレジデンスや発表をアーティストが望むならばこのチェメティのネットワークが重要であり、Cemetiが海外とのネットワークのハブのような役割を果たしていました。現在では必ずしもCemetiに行かないとネットワークが得られないかというとそういうわけでもなく、それぞれが既に色々なつながりを持っているので、その時の役割とは随分違うものになっていると思います。ただ、彼らがやってきたことというのはすごく重要だとは思っています。

福岡での活動

Museum of Takeshi Bonsai (2015)
© Julian Abraham “Togar”

トガー:今回福岡に来てどういうことをしようかと思っていたかというと、最初はモニュメント(記念碑)のようなものを作りたいと思っていました。この記念碑というのは、ジャティワンギの時のボディビル・プロジェクトのように必ずしも何か彫刻のような記念碑ではなくて、その町や地域のある文化的な特徴を反映した何かその町らしいもの、それはイベントであったり、必ずしも形として残るものではないのですが、そういうものを作りたいと思っていました。ただ、やはりこの3ヶ月という短い期間の中で、自分が何かこの町の文化を体験するとか、この町の課題を作品の中に反映するのは難しいなという思いもあって、その中でたどり着いたアプローチが「盆栽武博物館」という形です。「盆栽武」という架空の人物を通して博多の町の伝統や色々なところを見ると、盆栽武の痕跡が残っていて、盆栽武の痕跡を辿っていくことで博多の文化にもう一回光を当てたいという思いがあります。11月19日のパレードなのですが、実際に盆栽武が存在した跡をめぐるというよりは、この博多の町を作ってきた名もなき人々、もちろんそれぞれ非常に重要で地域の歴史には出てくるのですが、例えば教科書に出てくるような有名な人ではない、けれどもこの博多の町に確実な痕跡を残している人たちの跡を辿るようなものです。ハカタ・リバイバル・プランという団体が行っている街歩きのプロジェクト、博多の町全体を博物館と見立てて、それを歩きながらまわろうというプロジェクトを行っている団体がありまして、どういう風にやっているかというと、博多の町の中の電柱に、その場所で昔何があったというような物語を貼り付けて、それをめぐりながら博多の町の地域史であったりそこに住んだ人々について学ぶような仕掛けを作っている団体なのですが、そこと共同して一緒にツアーを行いたいと思っています。なぜこのハカタ・リバイバル・プランと今回コラボレーションしたいと思ったかというと、自分がまちあるきに参加した時に、この方たちのまちあるきでまわる場所というのは、今はそこにはなくなってしまったものを辿るようなツアーになっていて、色々な場所で、そこに生きたかもしれない人とか、そこにあったかもしれないものについて思いを馳せるというような、そのことを想像するという仕掛けが含まれていて、それが自分がやっている盆栽武という、架空の博多の町にかつて住んでいたかもしれない、このまちで色々な文化に関わっていたかもしれない人について思いを馳せるということにつながってくるのではないかと思っています。

通訳 江上賢一郎

テープ起こし 宮崎由子

スピーカープロフィール

ジュリアン・エイブラハム・“トガー”/Julian Abraham “Togar” (アーティスト)
1987年生まれ、マダン(インドネシア)在住
音楽、映像、電気工学などを得意とし、たくさんの人々を巻き込むコミュニティプロジェクトをおこなうアーティスト。福岡では、まずリサーチをおこない、福岡独自のプロジェクトをおこなう。発酵実験を使ったワークショップも計画している。
http://julianabraham.net/