「ASIA YOUNG 36」出展報告
宮田君平(美術家)

Gate 05 Wanju

2017.01.28 @OTIANO

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まずどこでやったかという話ですよね。ジョンジュというのはどこなのか。ソウルでも釜山でもないということなんですけど、ジョンジュというのはここです。こういう美術館だったんですよね。見た感じすごくアジ美っぽくないですか?中に入っても結構アジ美なんですよ。釜山とソウルの間ぐらいです。ジョンブクというのがどうやら町の名前らしいんですけど、こうやって見ると釜山がここにあってソウルがここなので、ちょうど同じぐらいのところ。だから行くときは一度ソウルに飛んで、そこからバスで4時間。誰も行かないですよね。実は展覧会3ヶ月もやっていたんですけど、誰1人として見に来なかった、見に行けなかったような場所でやってました。

全北道立美術館/Jeonbuk Museum of Art

その時の様子をざっと見せます。着いたら何人か現地制作しないといけないアーティストが既にいて、彼はデックスというフィリピンからのアーティストで、すごく面白いストリートアーティストですね。後で作品も見せます。僕の作品はどういうことをやったかというのを先にやっていきます。これは会場の様子ですけど、着いたらずっと建込みをやっていて、職人さんたちはでっかい造り物をやっていると。これ本当に終わるのかなと思ったんですけど。一応これが「ASIA YOUNG 36」ということで、アジア14ヶ国から36人のアーティスト、多分アンダー45ぐらいだと思いますけどね、アーティストが呼ばれてグループ展をやっていた。日本からは僕1人でした。他にはマレーシア、インドネシア、フィリピン、もちろん半分ぐらいは韓国でしたけど、中国とか色んなところから来ていて。


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僕がこの展覧会に参加することになった経緯を説明すると、アジア美術館の中尾さんが推薦してくださって。ここの美術館のディレクターで、僕らはミスター・ディレクターと呼んでいたんですけど、多分すごく若いアーティストが好きなんですね。ここの美術館自体はオーソドックスな水墨画とか地域のアーティストを扱っている、コレクションしているような普通の地方美術館なので、現代美術とかは全然やっていないんですけど、彼が実権を握ってからは、年に1回尖った企画をやりたいということで、これ第2回目なんですね。次は来年また第3回目をやると。次はアジアの女性のアーティストを呼ぼうかと言っていました。日本で誰か知っているアーティストがいないかということで中尾さんに話があった時に、何人か推薦してくださったんですね。その中で、僕が送ったポートフォリオに興味を持ってくれて、社会的な作品を展示したいということだったんですけど、ちょうどその話をしている時に熊本で地震があって。その影響がまだずっと続いている時期だったんですけど、向こうのディレクターから、熊本地震に関する作品を作ってくれないかと言われて、そんなのできるわけないだろと言って(笑)。デザイナーかなにかと勘違いしていないかと言ったんだけど、僕の作品で一部そういう3.11だったり、自分が今影響を受けていることについて作品を作っているので、今回はそれも一つのいい機会かなと思って、熊本地震を扱うわけではないんですけど、彼らのオファーをやんわりと受け止める形で、じゃあちょっとそれに関する作品を作りましょうと。

行ったら、ずっとやりとりしていたんですけど、こういうものを用意して置いてくださいねって言っていたのは大体ないんですね(笑)。まあいいやと思って。僕は6m✕6mぐらいのスペースを割り当ててもらいました。スペースもすごくアジ美な感じです。ズドーンとこういう板張りの空間があって、そこにパーティションがあって、天井もグリッド切ってあって、本当にアジ美とほとんど一緒に組んであって。可動壁を移動できるので、僕のは可動壁で仕切られた6m✕6mぐらいのスペースだったんですね。そこに僕は床を張って、こういう形に、見れば分かるんですけどちょっと斜めになってるんですよね。ちょっと斜めになっている床を作ると。行かなきゃできないよという話だったので、僕は行ったんですけど、他のアーティストとかは結構作品を送ってきてるだけという人が多くて。これ基本ギャラなしです。アーティストフィーなしですよ。一番最初に話した時、アーティストフィーありませんって言われて、ちょっと待てよ、できるわけないだろって(笑)。交通費は出て、作品輸送費、滞在費は出るけどアーティストフィーは出ないよって言われて。なんでこんな大きな美術館で立派な企画でお金出してくれないの?って色々交渉した結果、僕は自分で作品を作るから、そこで人件費として使っている大工さんの分をくださいって言って、その分をもらうようにしたんですけど、他のアーティストはわからない。もらっているかどうか。でもとにかくできるだけたくさんのアーティストを呼びたい、自分の思惑どおりの作品を展示したいというのがどうしても優先しちゃって、それで予算がなかったのかな。でもその代わりすごくいい経験はできたので、良かったかなと思うんですけど。


こうやって作品を、どんどん床を作っていくんですけど、僕には1人職人さん、大工さんがついてくれて、床をどんどん張っていきますね。これはできたところ。これは他の作家です。こういうサイン系とかはとにかく韓国はすごいですよね。バナーにしても何にしても、印刷物バナー系は多分安いんだろうな、めちゃくちゃ。僕の作品はですね、音を使ったので、こうやってサウンドシステムを、誰でも使いやすいようにと思ってiPodで組んだんですけど、それはそれで向こうに行ったら電圧の違いか何かわからないけど、アンプが吹っ飛ぶ吹っ飛ぶ・・・。これは僕らが滞在した宿ですね。アーティストは行ったらとりあえずここに泊まれと言われて、山奥に。完全に多分連れ込み宿だろうみたいな(笑)。これでこういう鏡があったら完全にそういうところだよなとか思いながら、すごい変なところで、この3階と4階全員アーティストなんですよ。アジアのアーティストが泊められてて、毎晩毎晩ドカッとどこかの扉が開いて、「飲むぞ~!」みたいな大声がかかったら、バタバタバタバタって扉が開いて全員が誰かの部屋に行くという(笑)。頼むから飲まないで寝てくれよみたいな。こんな感じでずっと飲んでますね。フィリピン、インドネシア、インドネシア、ベトナムですね。楽しいです。



これは作品ができたところですね。こういう感じで、非常に美しく仕上げました。僕は。他の作品と対比して、やっぱりアジアのアーティストの中でもコンセプチュアル・アートっていっぱいあるんですけど、たまたまここに呼ばれているアーティストの中ではコンセプチュアル・アートっぽいのは少なかったので、やっぱりみんな絵画とか彫刻というのが多かったので、何かすごく珍しがられたというか、ディレクターにはすごく喜ばれたという。こういう感じで、展示監視員の椅子と展示台、それからその上にソニーのラジオ、この真ん中に置かれてる椅子もベンチも美術館から借用したものですね。それで床がちょっと斜めっているという。これはディレクターから借りた壊れているサムソンの携帯ですね。それぞれの場所にスピーカーが仕込んであるんですね。ちょっと映像をお見せするんですけど、これ見てれば何事かわかるんですけどね。これが空間に置かれているだけなんですよ、基本的に。よくありますよね、美術館の中に休憩スペースみたいな。(映像)これが全てなんですけど、「アラーム」というタイトルで、美術館の中に設けられた休憩スペースですね、カタログが置いてあって、普通に展覧会の途中で息抜きのためにお客さんが休憩するスペースで、壊れた携帯電話とラジオが置いてある。なんだろうこの空間みたいなところに座っていると、何分かに一度、プログラムされた状態で緊急地震速報が鳴り響く。さっきの「地震です、地震です」と言っていたのはこのラジオで、それ以外の携帯とか、椅子の下にスピーカーとか、誰かの持っている携帯っぽいところから音が出てくるのは、携帯で実際になるアラームの音。それ自体は僕がサンプリングして作っている音なんだけど、同時に鳴り響くと。多分どなたか経験があると思うんですけど、美術館とかで、僕はその実際の経験をもとに作品を今回作っていたんですけども、突然アラームが鳴り響くという状況があって、それは自分が目の前にしているアートから、いきなり自分が背中一枚隔てて接している災害とか、それを飛び越してもしかしたら死ぬかもしれないというような状況というのを表現しています。日本に住んでいる今の状況でも常にそうなんですけど、僕たちはそういう状況に住んでいるけど、やっぱりこのアラームシステムって日本特有のと言うか、この国でしか作れなかっただろうし必要でもないようなもので、最先端のテクノロジーなんだけど、別に地震をなくせるわけではない。その日本が置かれている状況というのを韓国に一度持っていって、彼らの中では何を言ってるかわからないし、このアラームが何を意味するかもわからないから全く機能しないんですけどね。そのなんというか、機能を剥奪された状態の最先端テクノロジー。まあそれも偽装なんですけど。それで床がちょっと斜めになっているのも、人間の心理状態的にちょっとでも床が斜めってると安心できないんですよね。身体的に精神的に。だから床が斜めってる店ははやらないとよくいわれるんですけど。心理的にも何かしら、自分では認識できないんだけれども不安が募るようなそういう状況を、今回取り扱った作品を作りました。




あとはこんな感じですよ。途中で「もう嫌だ」って言って、設営とか制作がいやだとか言って、光州に逃げるんですよね。光州ビエンナーレをやっていたんで。誰もノーパス、誰もコネクションもないから、「よし、とにかく押し入りだ」って言ってパス無しで入って、入れたよみたいな。よし見ちゃえみたいな感じで、写真撮ってみたいな感じで行って、ご飯食べて、オープニングがあって、なんかわけの分からないラップのやつらがいて。これ、他の作品ですね。色んな国の色んなアーティスト。これインドのアーティスト、ベトナムのアーティスト。すごくみんな面白い。アジ美ではおなじみの作家さんとかいっぱいいますよ。



後でクロストークの時にも話しますけど、この展覧会は展覧会だけじゃなくて、ディスカッションワークショップというのがその後組まれていたんですよ。展覧会の後1週間ぐらい拘束されるんだけど、「ワークショップってこれ何なの?」って聞いたら、「え、誰も知らないの?」っていう状況で。「え?俺も知らない。何するんだろう。」みたいなことを言ってたら、4日間ぐらい丸缶詰で、朝から晩まで、なんかタイムシートみたいなのを渡されて、まず誰々、まず誰々みたいな感じで全員作品のプレゼンをさせられる。どこかホールでやるのかなと思ったら、行ったら誰もいないんですよ。僕らだけ。こんな感じで、ひたすら自分がどういう作品を作ってるかとか、何者なのかとかいうのを話して、さらにどういうバックグラウンドでやってるかというのを話すと、センサーシップとか、フィリピンとかさっきのマレーシアとかから来ていたアーティストが、どういう歴史で、例えばなんかもう全然金ないからアートに興味あるやついないよとか、全部インターネットで勉強したとか、色んな違うところから集まった人たちの面白い話が聞けて楽しかったです。



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テープ起こし 宮崎由子

スピーカープロフィール

宮田君平(美術家)
1981年宮崎県生まれ。2006年福岡教育大学大学院美術教育過程修了。卒業後、某デザイン事務所勤務、某現代美術家のスタジオアシスタント等を経て、2011年頃から独学独歩でインストールの仕事を請け負うようになる。現在は2M design LAB.名義でアートに関わるデザインの仕事を行い、MIYATA ART CONSTRUCTION名義で国内外の多数の現代美術の現場に関わる。インストールの仕事を始めたのとほぼ同時期に自身での作家活動も開始し、発表の度毎に、長距離を陸路移動したり、モデルに扮したり、海を泳いだり、飛んだり跳ねたり、異なるアプローチで自分の身体を使ったパフォーマンスを伴う作品を発表している。最新作ではYoutuberに扮してYoutubeを素材に作品を展開。
近年の展覧会に、2015年、The Mildura Palimpsest Biennale #10(オーストラリア)、2016年、ASIA YOUNG 36(韓国)、LIFESTYLES展(ドイツ)等がある。

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